<$BlogRSDURL$>

 

logo
Raed in the Japanese Language; originally Raed in the Middle
Sunday, January 30, 2005
 
2005年1月28日(金)の記事

http://raedinthemiddle.blogspot.com/

Friday, January 28, 2005

在外イラク人の登録は総数の1割以下


イラク国外に暮らしているイラク人の総数は,400万を超えている。そう,4,000,000を超えている。そのうち,およそ300万人が選挙権を有する。投票所が設けられている14カ国に暮らすイラク人の合計は200万以上だ。

一方,全世界で選挙登録した人の合計数は,280,303。ということは,イラク国外に住むイラク人有権者のうち1割足らずしか名前を登録していないということになる。

国外での総数がこれだとすれば,国内での数はどうなんだろう。今日弟のハリードに電話をしたが,弟の話では,バグダードはまるで無人地帯だとのこと。近所に歩いて出かけてみたけれども,商店もレストランも1軒も営業していなかったとか!

外に食事にも行かないような状況で,投票に行く人がいるんだろうか?

この選挙は偽りで違法な選挙だ。それにイラクの世論を表すものではまったくない。

Posted by: Raed Jarrar / 10:07 PM
*translated by: nofrills, 30 January 2005

 
2005年1月27日(木)の記事

http://raedinthemiddle.blogspot.com/

Thursday, January 27, 2005

早い選挙,いんちき選挙

現在行なわれているイラクの偽物選挙は,ブッシュ政権のイラクでの計画にとっては基礎となる部分だ。この計画は15年前に老ブッシュによって開始され,現在は小ブッシュによって行なわれている。

現在のイラクの危機と占領の本当のルーツは,イラクとイランの戦争【訳注:1980~88年。参考資料】にまでさかのぼることができる。米国政府は,マーティン・インディク(Martin Indyk:経歴)によって明言された,いわゆる「二重封じ込め」戦略("dual-containment" strategy)で,イラン・イラク戦争に賛成。米政権は,情報から武器供与,イラク政府の武器(化学兵器を含む)使用の理由付けにいたるまで,可能な限りあらゆる方法でイラク政府を支持した。そしてあの悲惨な,しかしあまりに利用されすぎ情報操作されたハラブジャでの事件が起きたとき,米政権はそれを行なったのが誰であるかはっきりとわからないと宣言し,また,あれが化学兵器なのかどうかもはっきりしないと述べた。2002年8月のニューヨーク・タイムズ紙の記事で,当時の防衛情報部幹部職員だったウォルター・P・ラング大佐(Col. Walter P. Lang)が,CIAはイランに対して「イラクが敗北しないよう何としてでも確実にしておきたかった」のだと述べている。「イラク軍が戦場でガスを用いることは,戦略上重大な懸念を引き起こすものではなかった」とラング大佐は述べている。ある退役軍人は,ペンタゴンは「イラクがガスを使ったことにはそんなに恐怖を抱かなかった」と述べている。「これもまた人を殺す方法のひとつであるに過ぎない――銃弾であろうがホスゲンであろうが,まったく違いはなかったのだ」。

古い友人が言っていた通り,常に変わらぬ友情を築く相手を持たない政府もある。そういった政府は,常に変わらぬ利害を有するのだ。それはモラルの問題ではない。過去においてモラルの問題であったことはないし,これから先もそうなることはない。

米国政府は,イラク軍が「敗北しない」ことを確実にしようとしていた。そして,イランのシャーが追放された後【訳注:1953年のクーデターで政権を奪取したイランのシャーは親米政策を取り続けたが,79年のイスラム革命で追放された】,イラク政府が新たに湾岸地域の警察となるよう確実にしようとしていた。イラク政府は数十年にわたって米国政府に完全に支持されていた。米国政府は,イラク政府におよそ50億ドルを支援として与え,同盟国には数十億ドル相当の武器弾薬(マスタードガスや神経ガスを作る工場で用いられたと伝えられている技術も含め)をイラク政府に供給するよう奨励した。1994年の米上院議会報告書によれば,米国企業もまたイラクに,炭疽菌,ボツリヌス菌,病原性大腸菌を含む生物材料を供給していた。

こういった支援すべてが,イラクにおいて強大な独裁政権を作り出した。外部からの見えない支援のために,内部からの変革も,あるいは改善すらもできない,国家規模の独裁を。

イラクとイランの戦争が終結し,数百億ドルという負債が残り,イラクの政治的指導者たちは財政面で大きな危機に直面した。それでもまだ強大な軍と米国からの無限の支援のために彼らは力を失っていないと感じていたが,そのときに,小さくて無礼なクウェートという隣国によって圧力をかけられた。原油価格の問題が原因であった。そして彼らは,クウェートを攻撃し占領するという,湾岸地域の現代史における最大の過ちを犯した。米国政府が実際にエイプリル・グラスピー(April Glaspie:1991年湾岸戦争前の駐イラク米国大使,参考)を通じて青信号を出したのであれ,あるいはそうでないのであれ,老ブッシュにとっては自軍を中東に送り自身が湾岸の警察官として振舞うことを開始するためには最良の口実となった。

イラク政府はもはや友人ではなかった。イラク政府はもはや盟友でもなかった。イラクとの物語は,オサマ・ビン=ラディンの場合とは異なる。イラク政府もオサマ・ビン=ラディンも米国政府から盲目的サポートを受けていたというのは事実だ。しかし,オサマ・ビン=ラディンはご主人さまの手を噛もうと決意したのだが,同じ時にそのご主人さまはイラクにいた盟友の首を切って飛ばしたのだ。イラク政府は,湾岸地域を占領するためのスケープゴートだった。

オペレーション・イラク:スケープゴートは,ほぼ14年をかけた。第一のターゲットは,湾岸の豊かな諸国を搾り取ること,そしてイラクを占領し,イラクを湾岸地域における米軍の主要な基地とする機が熟すまで,イラクを徐々に破壊することだった。標的はイラク軍と,政治部門・民生部門両面のイラク政府。1991年,老ブッシュはイラクを占領し破壊することが楽にできる時期ではないと知っていた。老ブッシュは,イラク政府を弱体化したままで保つことが,湾岸地域に駐留を続けイラクをゆっくりと壊していくために最善の策であると知っていた。それゆえ,経済制裁ゲームが開始されたのである。老ブッシュはイラクを占領したくなかったのだと考える人もいるが,誤りである。ただ,適切な時期に行ないたいだけだったのだ。

現在わたしたちが置かれているこの占領は,数十年にわたる計画と実地作業の結果である。占領後イラクの計画は,最善の方法で計画されてはいなかったかもしれないが,概略はずっと以前に決められていたのである。

その国を攻撃し,グローバル資本家の村の一部とするためにパブリックセクターを破壊し,同地域のほかの米国の友人たちを安全にしておくために国軍を破壊し,その国家の政治的指導者を除去して傀儡(例えばカルザイ,アラウィ,アブ=マーゼン【訳注:パレスチナのアッバス議長の別名】など)を据え付ける。わたしたちがそのイラクの政治的指導者たちを好むか好まないかには関係なく,彼らは合法的な国家指導者である。そして,たとえわたしたちが彼らを好まない場合であっても,非合法な外国からの侵略によって彼らを除去すべきであると確信している場合であっても,政府の民生部門を破壊することは,指導者層排除とは関係ない。数十万人ものイラク人が働いている民生部門省庁を破壊することなく政治的指導者層を排除することは,可能であった。これら数十万人のイラク人は,合法的,国家的な政府であり,文民政府であった。

ある国家を攻撃し,その政治的指導者層を除去することは,いかなる国際法および条約においても,不法かつ無効である。ある国家を攻撃し,機能している機構をすべて破壊し,数千数万という人々を殺すことは,決して忘れ去られることのない歴史的ジェノサイドである。ファルージャ(およびそのほかのイラクの都市)で殺され家を追われた数万単位の市民たちと,アウシュヴィッツで殺された数万単位の市民たちとの間には違いはあるが,共通点も多い。

わたし自身,イラクという国家の政府によって影響を被った人間のひとりである。あれらすべての戦争で命を落とした親戚がいる。祖先がイラン出身であったために,イラクとイランの戦争の期間は国境地帯に投げ出された親族もいる。イラク政府の態度をイラク国内で批判したために,個人的にも多くの問題が発生した。イラク政府が違ったものであったならば,わたしの生活の質はもっとよいものであったであろう。わたしも,イラク国内で暮らしている間に政府によって悪い方に影響を受けた何百人という人々のひとりである。それでも,この戦争の前の政府は,国家的(national)で公式な政府であったとわたしは理解している。この国を「解放する」ために起きた違法な戦争の正当な理由となるものは,何もない。わたしはこのスタンスを戦争の前から取っていた。そして,イラクの人々の生活を改善する唯一の方法は,内部からの変革であると信じていた。わたしは経済制裁に反対し,戦争に反対していた。そして今,わたしは占領に反対している。

今回の選挙は,中東におけるブッシュの計画の一部である。イラクにおけるブッシュの計画の……この選挙に参加することは,この計画のありとあらゆる点を,正当なものとしてしまう。二重封じ込めを正当なものとし,最初の戦争【訳注:1991年の湾岸戦争をさす】を正当なものとし,経済制裁を正当なものとしてしまう。そして,占領の戦争を正当なものとし,そのために奪われた数万の命に正当な理由を与えてしまう。この選挙で票を投じることは,すべての殺人に,ブッシュ政権の行なったすべての不法な動きに,正当な理由を与えてしまう。

人々が選挙に行くという事実によって,ブッシュ政権がイラクの人々の代理として為したすべての動きが,正当化されるであろう。この政権は遠路はるばるわたしたちを「解放する」ためにやってきたのではなかったか? わたしたちに選挙権を与えるために,遠路はるばるやってきたのではなかったか? これは,彼らがわたしたちの国を破壊しに来るための虚偽の口実ではないのか? 票を投じる者は誰であれ,不幸なことに,ブッシュの物語を完成させることになる。そして,ブッシュの物語を,あたかもみなが起きたことについて喜んでいますというかのようなものに仕立て上げることになる。

これはスンニ派とかシーア派とかいった問題ではない。これは国家/民族を支持する(pro-national)スタンスを取る人々と,(プラグマティズムの名のもとで)不法で残虐な超大国に屈する人々という問題である。イラク人のスタンスについて見てみよう。サドル【訳注:ムクタダ・サドルのこと】はシーア派の重要な指導者であるが,彼は選挙をボイコットする。アル=パチャーチ【訳注:スンニ派エリート部族の出身。バアス党クーデター前の外交官で,占領イラクでは統治評議会の重要なメンバーだった。参考】は自身を世俗的(非宗教的)指導者として売り込んでいるが,選挙には参加する。スンニ派のなかには選挙に参加する者もおり,一方で多くのシーア派が選挙に参加しない。これは民族間の亀裂の問題というより,国家についてのスタンスの問題である。

イラクに隣接する諸国は選挙を支持しているが,それは小ブッシュがそう言ったからである。イランは,SCIRIの候補者(シスタニに支持されている)が勝利した場合には自分たちが勝者となるたゆえに,選挙を支持している。選挙がよいものであると信じているからという理由で選挙を支持している者は,皆無である。

イラクにはロードマップが必要である。選挙前のロードマップが必要である。選挙は紙に名前を書いて箱に入れることではない。大規模にオーガナイズされた社会的な,またインフラ面でのキャパシティが,選挙には必要である。イラクは現在の危機を終わらせるための展望のある計画を必要としている。

1:外国軍の駐留および外国の政治的プレゼンスを終わらせること,すなわち占領の終結。
2:違法な戦争によって生じた破壊を修復し,補償を支払うこと。
3:国内の暴力のサイクルを止めること。

選挙の話は,これら3点が達成された後になってからできることである。

*3点だが,簡単に達成できるものではない。個人的には実は,このプランの最初のステップは,イラク戦争は不法なものであったと認めることだと思っている。占領している側からの公的な謝罪と不法な戦争と自ら認め語ることが,本当のターニングポイントになるだろう。占領軍の撤退のスケジュールも,できるかぎり早く発表されなければならない。また,この先数年の治安状況については,各国からの軍がセキュリティ・ギャップを埋めることができるだろう。ただし,これも同様に,イラクからの撤退期限を明確に示したスケジュールが必要だ。

*補償はイラク人ひとりひとりに支払われなければならない(金額は数万ドルから数十万ドルまで各種各様)。これは1990年にイラクが不法にクウェートに侵略した後にクウェート人に支払われたのと同じだ。また,国としてのイラクにも補償が支払われなければならない(こちらは数千億ドルだろう)。これはイラクがイラク政府の不法な行ないゆえに補償を支払ったのと同じだ。

*国内での暴力のサイクルは,占領軍の撤退と経済状況の改善に伴って,徐々に軽減されるだろう。イラク人は自分たちの問題は自分たちで解決することができる。外国による占領に手伝ってもらう必要はない。

再選されたとき, ブッシュは選挙に勝ったのだから自分のイラク政策も合法的根拠を与えられたのだと考えたが,まったく当たらない。イラク問題は選挙では焦点となっていなかったし,外交政策を第一に考えていた人たちも,対抗馬のヴィジョンが不鮮明だったために,ブッシュに投票した。イラクで選挙も同じように悪用されるだろう。戦争と占領に,数万の人の死に,自身の文化を持つ国をまるごと破壊したことに合法的根拠を与えるものとされるだろう……。

こういった事実は,ほとんどのイラク人にはわかっている。だからこそ,イラク国外にいる数十万人のイラク人のうち25万人程度しか選挙登録をしていない。イラク人には,これが自分たちを助けるのではなく自分たちを利用するだけの,偽りの選挙だとわかっているのだ。

僕は投票しません……。

Posted by: Raed Jarrar / 3:34 PM


ブッシュ政権に支持されているアラウ(ィ)の選挙ポスターは,アンマンでもあちこちに貼られている。アラウィは自身を「強い」リーダーシップの持ち主として売り込んでいる。僕としては,弱いリーダーシップなど見たくない。

Posted by: Raed Jarrar / 1:36 PM
*translated by: nofrills, 30 January 2005

 
2005年1月27日(木)の記事

http://raedinthemiddle.blogspot.com/

Thursday, January 27, 2005




ニッキとライードの各国めぐりツアーからもう1枚。この写真はUAEのシャルジャー(Sharjah),湖の近くにて。
Posted by: Raed Jarrar / 1:33 PM


ホテルの部屋から見えたドバイ。ホテルとタワーの間のテントは,ドバイのイラク選挙センター。湾岸地域に設けられた投票所は,この選挙センターとアブダビの選挙センターの2箇所だけ。

Posted by: Raed Jarrar / 1:31 PM


ドバイで封鎖されていた唯一の道路。イラク選挙センターに行く道路。

Posted by: Raed Jarrar / 1:28 PM
*translated by: nofrills, 30 January 2005

Wednesday, January 26, 2005
 
2005年1月23日(日)の記事

http://raedinthemiddle.blogspot.com/

Sunday, January 23, 2005

ファルージャについてのフィルム
昨日このドキュメンタリーのことを知りました。興味深いですね。

Posted by: Raed Jarrar / 6:51 PM
*translated by: nofrills, 25 January 2005

訳注:
紹介されているドキュメンタリーは,1月に英国チャンネル4で放送された15分くらいのフィルムで,ガーディアン・フィルム(新聞のガーディアンのフィルム部門)が製作したもの。

リンク先をクリックするとRealPlayerが立ち上がります。(RealPlayerがインストールされていない環境では見られないんではないかと思います。)

フィルムのスクリプトを日本語にしてあります。→こちら

 
2005年1月22日(土)の記事

http://raedinthemiddle.blogspot.com/

Saturday, January 22, 2005

さあ投票!
というわけで選挙シーズンのようですが,
Raed in the middleに投票してください。 :*)

僕はアンマンに戻りました。

Posted by: Raed Jarrar / 6:02 PM
*translated by: nofrills, 25 January 2005


Powered by Blogger